丙午(ひのえうま)
今年は丙午(ひのえうま)
丙午とは赤い馬を意味するらしい。
丙とは数字でいう3を意味していて、火の兄を意味するところからきているみたい。
火が熱くて、且つ兄ちゃんだから強いということらしい。
それで、馬も速く走る強い動物だから、強いに強いが重なっていくらしい。
丙午の年に生まれた人は強くて強いらしく、その年に生まれた女性はねえ、と結婚を敬遠されると言われていたため、昔は出産を避けていたらしい。
それでこの年の人は人口が極端に少ないらしい。
ちなみに、干支と呼ばれる12の動物と十干と呼ばれる現代でいう数字のような役割を果たすものがある。干支と十干が再び同じになるのが60だから60歳を還暦という。
馬のように走る年
今週1月4日の主日の御言葉のタイトルは「馬のように走る年」
「摂理を走る」という言葉がある。
私のイメージではいろんなことを活発にやって様々な成功を治めるというイメージが強い。
神様を信じていても、信じていなくても、神様は行った分だけ得られるようにしてくださる。
という御言葉がある。
昨年の流行語大賞も「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」だった。
過労を心配する声も世間的にはある。個人的には、怠けますという人よりは、働いて成果を残してくれないと血税はどうなる?と思う。でも勿論、無理はしないでいただきたいが・・
すってんころりん
私という人はもう、
年末から、
来年は「走るぞー」と妙に張り切っていた。
あれもこれもやるぞ!年始から猛ダッシュだ!
年末から助走を始めよう、といって、
いろんな人に会ってみたり、仕事もしたり、あちこちでかけて楽しく過ごしていた。
そんな年末のある日、
なんと自宅の階段でつるり、と滑り、腰や背中を強打。
幸い骨は折れていなかったが、思い切り休む羽目になり、
行く予定だった旅行も泣く泣くキャンセル。
前回秋に胃腸炎になった旅のリベンジなのに!?
だが、もういける状況でもなく、年始から仕事の波も押し寄せ、しっかり休むとお伝えしていたはずなのに、休めないような予定はガンガンいれられる始末。
反省。私・・相変わらず単純・・
行った分だけ得られるという御言葉の中で、「はあ、どうしよう。休んでばかり」
と気分は焦るばかり。
最も走るべき御言葉が出ているこの時に、今までで最も大きく休むというこの状況・・
これをどうとらえるべきか・・と悩む私。
でも、何となく、いけない気がちょっとだけしてた。
だから、すごく祈ってて、すごく気を付けてたつもり。
が、そんなところでは絶対に怪我しないありえない状況で怪我をした・・。
私と言う人は、不思議にも、働いて働いて働いて働いて働いて参ろうとすると、
神様が止める そんなジンクスのようなものがある。
今回のようなことは実は初めてではない。
摂理の御言葉も、いつもいつも頑張ろうというわけではなくて、いろんなときがある。
言ってみればギア全開 いくぜ~って感じの御言葉の時、私自身は超超ハイテンションになる。
仕事仕事!私の得意なことやん!と張り切ると、恐ろしいほど神様が止めてくる。
相変わらず学習せず、神様に叩かれる私。(トホホ)
いろんな意味でショックを隠し切れないが、
相変わらずという言葉の通り、今回が初めてではない。
明らかに何かの神様が私に言いたいことがあるということで、何を悟るべきなんだろう?と
考えていた。
1月4日の御言葉では「走るにしても知恵がないといけない」とか「時々休みながら無理をせず走る」
などのキーワードが私的にはヒット。
頑張るぞ、と力が入りすぎていて、パフォーマンスを見ていないということをガツンと言われた気がした。
私が、熱くなりすぎて全体を見る目を失いそうになってると思われたのだと思う。
だから、ぴしゃりと水をかけられたのではないかとおもった。
実際に仕事というのは実は、平たんで落ち着いてじわじわとやり続ける人が結局は強い。
急激に熱心になりすぎると絶対に続かないのだ。
モチベーションがアップしたりダウンしたり、波があると投げ出してしまう。私の場合は、熱くなりすぎないこと
最初から飛ばしすぎずに正確にペース配分しろってことなんだろうなあ・・と思った。
私という人はなんでもやりたい人なのだ。それで、頼まれるまま
あるいは頼まれてなくても先回りして仕事がしたい人なのだ。
が、それが神様にとっても 良かれと思ってやったことがかえって相手に迷惑になることがある、
ということを忘れないでね!とくぎを刺されたように感じた。
姿勢をまっすぐにね
そしてもう一つ、
旅行はいけないですよね?と無理やり医者の許可を取り付けようとしたが、遠回しに止められた。
その時、医者が「姿勢が大事なんですよ。前かがみになってうつむいていたらいけない」といった。
実は私は、逆のことを考えていて、まっすぐにすると痛みが増す気がして、丸めていた。
私の生きている姿勢だったり、物事をとらえてる考えが、神様が考えているのと実は逆のことを考えているかも?
と思った。
普段から歩いているときの姿勢というのかな、そういうのも良くなかったんだと思う。
しっかり地面に足をつけて、正しい歩く姿勢になってないってことなんだと思う。
私はあんまり、運動で駅伝のランナーやマラソンランナーみたいに「走る」ということを科学したことがなかったが、
考えないといけないなあと思った正月だった。
神様神様って、あなたは単純な人だからねえ、と言われてムカっときたことがあった。
私自身は単純だから、といって御言葉が単純なのではない。
御言葉や神様の世界は、そういう単純な私に熟慮を与えてくれるものだということは声を大にして言いたいなあと思った。

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