ある日、エバは一人でいました。
アダムも、神様もいませんでした。
声がするので振り向いてみると、見たこともない天使が立っていました。
彼の名はルシエル。
天使の中の天使と言われ、天にいる人々も立ち止まるほど美しい宝石のような天使。
少し鋭くて、賢そうに見えました。
でも地上に降りてくる前、ルシエルは神様に対して寂しい思いをしました。人間を創って人間ばかり見ている神様。人間に神様の愛を取られるのでは?と嫉妬しました。どんなに反対しても人間を創って喜んでいる神様がだんだんと憎らしくなり、神様のなさることを否定したい気持ちになりました。
(人間なんて、創造して何の意味があるんだ。そう後悔させてやろう。)
心の中で彼は思いながら地上に降りてきたのです。
ルシエルはいいました。
「エバ、あなたに話しておきたいことがあります。
私からの忠告です。あなたが信じている神様の本当の姿を知りたくないですか?」
エバはビックリして立ち止まりました。
「私と神様の間に秘密などありません。」
「では、なぜ、善悪を知る木の実を食べてはいけないといったのですか?」ルシエルの質問にエバは答えられません。
続けてルシエルが言いました。
「知らないかもしれませんが、ほかの人間たちは皆食べていて、大人になるために食べる実なのです。
神様があなたたちを大人にしたくないから、もう少し待てと言っているのです。
そうしたら、エバ、あなたが神様の言うことを聞かなくなるのではないか?とおもっているから食べるなと言ったのです」
そこでエバは答えました
「私は神様の言うことを聞かないなんてありません。たとえ木の実を食べたって何にも変わらないはずです」
しめしめ、とルシエルは思いました。
「それなら、食べてみたらいいでしょう。
実は甘くて、おいしいし、
そのようにしてもっと知恵ある人になったら神様も喜ぶと思った、
そういえばいいのです」
そこで、エバはおそるおそる、その木の実を食べてみました。
思ったより、酸っぱくて、硬くて、おいしくありませんでしたが、確かに食べたことがない味でした。
ルシエルは言いました。
「大人は、こんな風に苦くて固いものの味がわかるんです。どう、いい味でしょう?これであなたも大人の仲間入りだ」
そういわれるとなんだか、いいことをしたような気分になりました。
熟していないのに、少し中毒になりそうな味で、感覚がマヒしたような感じになります。
なんだか違う自分になれる感じがして、いい気分になりました。
次の日、アダムにこっそり言いました。
一緒に食べてみましょうよ。
アダムはいいました。
「そんな、いけない!」
最初は否定していたアダムでしたが、次第にエバの話に引き込まれてしまいます。
ついにアダムも一緒に食べてしまいました。
熟していない木の実の味は刺激が強すぎたのか、二人はその場に倒れてしまいました。
はっと気づくと、蛇はすでにいません。
二人は顔を見合わせたあと、すぐに顔を違う方向にそらしました。
何とも気まずく、
何とも言えない心地でした。
その時神様の声がしました。
「アダム、どこにいる?」
食べたことがわからなくなるように、と慌てて隠そうとしますが、隠しようがありません。
神様はすぐにわかりました。
「なぜ、食べた?」
アダムは答えました。
「エバが、私に食べたらいいといったのです」
神様の声は震えていました。
静かに顔をエバのほうに向けたとき、エバが言いました。
「天使が出てきて、食べたらいいといったんです。
いえ、あれは天使じゃなくて、
蛇が化けて出てきたのかもしれません。
悪気はなかったんです。」
しかし、神様にはどうしてあげることもできませんでした。
実を熟していないうちに食べると、手に負えないことが多く起こるから食べるなと言ったのです。
たしかにルシエルの言った通り、いろんなことを知るようになりましたが、知ったところで手に負えないことばかりでした。
神様と一緒にいることも難しくなりました。
なぜって、神様よりルシエルのいうことを聞いたから、神様が
「それならお前たちはルシエルの手下になって生きたらいい」と言いました。
神様はルシエルにも怒って言いました。
「お前はもう、天使なんかじゃない。ルシファーだ。地を這うヘビになって生きろ。」とおっしゃいました。
美しいルシエルの姿はみるみる気持ち悪い蛇のような姿になりました。
喜びの園エデンには、誰もいなくなり、静かな悲しみの日々が始まりました。
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