燔祭(はんさい)は、聖書の歴史上最も古く、また多く登場します。古くはノアから捧げました。
アドナイエレ
アドナイエレとは、神の山に備えあり、という意味のヘブライ語です。アブラハムが、神様に命じられ、その子イサクをモリヤという山でささげようとして、死ぬ直前で神様に「あなたの信仰はよく分かった!殺さなくていい!」と言われました。
でも何かを捧げないといけないけど、と思ったら、羊が出てきて羊を捧げたということから神様が必要なものを用意してくださっているという意味で使われたりします。
ソロモンの1000回の燔祭
ダビデ王の子ソロモンは若くして王となりました。
その結果、神様が表れて、「あなたの欲しいものなあに?なんでもあげるよ」とおっしゃったので「知恵をください」といって知恵の王様ソロモンと呼ばれるようになったわけです。
ソロモンは、現在は嘆きの壁としてだけ残っているエルサレム聖殿を建築しました。この聖殿がある場所は、アブラハムがイサクを捧げ(ようとし)た山、モリヤの山でした。それまで「幕屋」と呼ばれるテントみたいなところでささげていた燔祭は、エルサレム聖殿で行われるようになりました。
ダニエル書にある・・
キリストが来るときに起こる前兆についての預言と言われ、別名「終末の章」にも燔祭のことが書かれています。
常供(じょうく=つねにささげる)の燔祭が取り除かれ、荒らす憎むべきものがたてられたら・・(読者よ、悟れ)
マタイによる福音書24章
メシアが来る時はいつなのか、このダニエル書から悟れ、というわけです。
このダニエルの預言は終わり(=終末=キリストが来るとき)の預言と言われており、ダニエル書は大変短いですが、メシアが来る時を預言している重要な書物と言われています。
ダニエルを4大預言者の一人に数えるゆえんがここにあるわけです。
燔祭とホロコースト
燔祭は、捧げた動物のすべてを焼いて捧げることから、「全部」を意味するオラーとヘブライ語では読んでいました。これがヨーロッパに入っていくとき、ラテン語となってholos(全部)、kaustos(焼く)、となりました。
こうしたことから殉教のための犠牲をも意味するようになり、転じて火災による大虐殺、大破壊、全滅を意味するようになったとのことです。
英語では、第二次世界大戦下で起きたホロコーストを、定冠詞をつけて固有名詞 (The Holocaust) とし、そのほかの大虐殺のことは、普通名詞 (holocaust) と区別しています。
浦上燔祭説
筆者、これを肯定しているわけでも否定しているわけでもありませんが、教養として知っておいていただきたいなと思ってここに記載します。
日本で最も有名な殉教地であり、原爆投下当時もクリスチャンが多かった長崎の地。長崎でも、特に爆心地に近い浦上教会の人々がとりわけ多く犠牲となりました。
奥様がこの浦上教会に所属しておられた永井隆(医学博士)さんが、長崎市への原子爆弾投下および原子爆弾が落ちたのは、神への供え物として浦上のクリスチャンたちが犠牲となり戦争が終わったのだという説のことです。
これにはいろんな議論が付きまとい、大変なこともたくさんあったと聞いていますが、長崎に行かれたらぜひ、永井さんの足跡を追っていただきたいなと思います。
平和への願い
なぜ動物を捧げるのか?人間が死ぬわけにはいかないからです。メシアが来るのはいつも「平和」のためです。ですから、メシアを「平和の王」といったし、エルサレムとは「平和の都」です。
「もう二度と繰り返しません。戦争を」
武器をもって戦う戦争も、なくなってほしいです。
それ以上に、戦争を起こす憎しみの連鎖が止まってほしいです。長崎が祈りで平和を願いながら復興を重ねてきたように。。
今なお、痛ましい事件がニュースで流れます。
最も愛すべき親が子を殺し、
カッとなって子が親を殺し、
人を殺さなくても、自分の利益の為に相手を陥れて・・。
「人の命を大事にできる国が先進国だ」
いつだったか、総会長牧師が私達にそうおっしゃいました。
マザーテレサが言いました。”日本は貧しい国だ、愛が冷めているから”と。
クリスチャンは、夢ばかり見ているとか、理想主義だと後ろ指をさされるとしても、互いを尊重し、争いのない平和な世界をもっと成し遂げたいと強く願う祈りという燔祭が途絶えないようにしなければと思っています。
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