最後の晩餐

聖書の人物

子ロバにのって

ベタニヤのマリヤが香油を足に塗ってくれた翌日は、日曜日でした。イエス先生、今日はどこで礼拝をしましょうか?と弟子が尋ねると、エルサレムへ行こうとおっしゃいました。

過越しの祭りが近づいており、大勢の群衆が祭りでエルサレムに向かっていったのです。イエス先生がエルサレムにこられるらしい、と噂が流れました。そこで皆、しゅろの枝を手にとり、迎えに出ていきました。

 そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとに近づいたとき、二人の弟子を使いに出そうとして、イエスは言いました。

「向こうの村へ行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。それをほどいて、引いて来なさい。 もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」

弟子たちはそんなことがあるだろうか?と不思議に思いながら出かけて行くと、言われたとおりに子ろばがつながれていました。ほどいて主人に貸してくださいとでも言おうか?と思いながらつながれている紐に手をかけていると、その持ち主が現れました。

「なぜ、子ろばをほどくのか?」と聞いたので、 二人は、「主がお入り用なのです」と応えました。すると、不思議なことに、そうか、返してくれればいい、このような祭りが近いから、子ロバでも使いなさい。といいました。

それで、子ろばをイエスのところに引いて来て、その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せしました。イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いて、弟子たちは叫びました。

「ホサナ、主の御名によってきたる者に祝福あれ、イスラエルの王に」。

すると、パリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。しかし、イエスは「この人達が叫んでいるのは、神様の恵みによってだ。だから、私やあなたが黙らせたとしても収まりはしないだろう。」

そうして、主日の朝、イエスはエルサレムに入っていきました。

過越し(すぎこし)の祭り

過越しの祭りになると、種入れぬパンなど特別な食事を食べる習わしがありました。

弟子たちが、「過越の食事をなさるために、わたしたちはどこに用意をしたらよいでしょうか」。 と尋ねた時、イエスは、「市内にはいり、かねて話してある人の所に行って言いなさい、『先生が、わたしの時が近づいた、あなたの家で弟子たちと一緒に過越を守ろうと、言っておられます』」。と。

それで、その弟子を尋ねてみると、用意して待っております、と応えたので彼らは夕食をそこで食べようと12弟子たちが一緒に尋ねていきました。

足を洗う

イスラエルでは、客人をもてなすため、まずは足を洗う風習がありました。

イエスは、先生まずはここへおあがりください。といって食事の席を用意してくれた弟子が席に通しました。しかし、その席で上着をぬいで手ぬぐいをとって腰に巻き、私が弟子たちの足を洗いたい、といいました。

12人全員の足を一人一人丁寧に洗っていったのです。

シモン・ペテロの番になったとき、「先生、あまりにも恐れ多いことです。私が先生の足を洗うのならまだしも、私のような者の足を洗ったりなさらないでください。」といいました。

すると、イエスは、「私が足を洗っているのは、神様に遣わされた私を信じることで、あなたがたの罪が清められたという意味があることだ。だから、もしわたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしとなんの係わりもなくなる」。 といいました。

するとペテロは、「それなら、足だけではなく全身をお願いします。私が知らぬ間に犯している罪を今一切清めたいです。」といいました。

それで、「すでにからだを洗った者は、足のほかは洗う必要がない。全身がきれいなのだから。そのように、あなたがたは神のみ言葉と信仰によってきれいなのだ。しかし、私が神に遣わされたことを信じず、み言葉を守らない人は清くはないが・・。」。 

そのようなやり取りをしながら、一人一人の足が清められ皆が席に着きました。

そうして、再び言いました。「わたしとのいきさつを忘れないでいなさい。あなたがたはわたしを先生と呼んだり、主だと呼んできた。このようにしなさいと手本を見せるため、先生がいるのではないか?わたしあなたがたの足を洗ったのは、あなたがたもまた、互に足を洗い合うように、と手本を見せたことだ。

皆、お互いに仲良くしなさい。一つになって、互いに支えて祈りなさい。

私は聖書に書いてある通りに、地上からかかとが浮くようになる。つまりこの地上で肉体を持っている私を見れない日が近いだろう。

けれども、どんな状況になっても、神様が遣わした私を見て、私を通して聞いたみ言葉を固くもっていなさい。

そのようにして一人一人の顔を見つめました。

裏切り者

イエスは、話ながらシモンの子イスカリオテのユダの心を変えることはどうしても難しいのだとさとりました。顔つきが変わっていたからです。それで、心は本当につらかったけれども、話をつづけました。

悪魔に気を付けなさい。悪魔と呼ばれるサタンは、神様の御心を邪魔する霊だ。しかし、霊は見えなくて、考えを通して入ってくると教えただろう?

誤解を解いて考えを直しなさい。

しかし、間違った考えを強く持ち続けていると、考えが固まってきて、違う方向に進んでいってしまうのだ。

あなたがたは私と近い弟子だとしても決して油断してはいけない。サタンはあなたがたの弱いところにつけこんで、神様の御心から離れさせ、滅亡に追いやってしまうのだから。

私はみ言葉を通して罪を洗いながした。メシアはこの地上で罪を許す権威を持っているといって多くの肉的な病人も直したし、何より考えや行動の病人を直してきたのだ。しかし、神が遣わしたメシアを信じないのなら、その人が救われるのは難しい。

「あなた方も知っておきなさい。よくよくあなたがたに言っておく。あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ろうとしている」。

弟子たちはだれのことを言われたのか察しかねて、互いに顔を見合わせました。 ペテロはイエス様の隣にいたヨハネに目くばせをしました。

ヨハネは、「主よ、恐れながらお尋ねします。だれのことですか?教えてください。」と尋ねると、イエスは「わたしが一きれの食物をひたして与える者が、それである」。とおっしゃいました。そして、一きれの食物をひたしてとり上げ、シモンの子イスカリオテのユダに渡しました。

もともと、イスカリオテのユダは普段と違う顔つきでしたが、この一きれの食物を受けるやいなや、サタンに取りつかれたかのような形相になりました。

イエスは、「しようとしていることを、今すぐするがよい」。と言いました。すると、ユダは一きれの食物を受け取ると、すぐにその場を立ち去っていきました。

弟子たちは、ユダが裏切り者だとは信じがたいことだったのです。イエス先生が彼に、「祭のために必要なものを買え」と言われたか、あるいは、貧しい者に何か施させようとされたのではないか?と思ってもいた。

しんとしている中でイエスが皆に言いました。

「私と食べたこの食事が、この世で最後に一緒に食べる食事になるだろう。だから私が最後のお願いだと思って聞いてほしい。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによって、あなたがたはわたしの弟子だ」。

ペテロは、イエスに、「主よ、私も今まで一緒についてきたように、一緒についていきたいです。」と言いました。

イエスは、「あなたはわたしの行くところに、今はついて来ることはできない。しかし、あとになってから、ついて来ることになろう」。とだけ言いました。

ペテロは、「先生を一人にしておくわけにはまいりません。命を懸けてついてまいります。」というと、イエスは「わたしのために命を捨てると言うのか。よくよくあなたに言っておく。鶏が鳴く前に、あなたはわたしを三度知らないと言うであろう」。

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