神様にゆだねなさいって言われたって・・

神様に任せなさいって言われても

任せられません!

と、あるBible Studyを聞いて間もないかわいい女の子に言われました。

個人的には「え?手伝ってくれるっていってるんだからお願いしたらいいじゃん!タダなんだしさ~。何も損することないのになあ、、、」と思いましたが、どうしてもどうしても任せたくないんだそう。

予定論を聞いたら、「神様がなさること」と「自分がなさること」というのがあるというみことばを習います。

人って不思議で、

「神様がいるんだったら、私のことなんで助けてくれないんですか?」と言ってみたり、

「そんなふうに助けられて信じ込ませようなんてそんな手には乗りません」と言ってみたり、

本当に忙しい生き物だなと我ながら冷静に考えてしまうことがあります。

この子との出会いが「任せる」って何なんだろう?っていう疑問を私に投げかけることになったのです。

 

ゆだねるとか任せるとかって・・

主に委ねます(ゆだねます)、任せます。自分の考えをあけて、など、というみ言葉を勘違いしてる人が多い、とある牧師が嘆いていました。

神様を信じたら何にも考えなくていい、明日から何もしなくても私は、そんな宝くじみたいな人生のことを言ってるのではない!といって一生懸命教会で講義をされていました。

任せろというわりに、「自分がしっかり考えなさい」といったみことばも多いのです。人に合わせて話しているのではなくて、矛盾していない真理だと力説しておられました。

神様に任せるのは難しい

信頼できないから、任せるのが難しいのです。

総会長牧師が言っていました。神秘的という言葉がありますが、要するにちょっと不思議なことってわけです。人には理解できないような不思議なことをされるのが神様っていうわけだろう。だから、神様のことを信じて理解するのは難しいことなんだとおっしゃいました。

(それをわかるには神様の歴史を学んで神様が働かれる法則を学べば不思議なことも理解できるようになるという話も続きますが)

任せないと損

ある日、これだ!とひらめく主日の説教がありました。

「電車に乗ったのに、ああ、早く到着しないだろうか!と電車の中で一生懸命早く走っても、じっと座って楽しくおしゃべりしていても結果は同じだ。そのように任せるべきことを任せたら心配してもしなくても結果は同じなのだ。」と。

何かとてもすっきりしたんです。

続けざまに、お米を炊くときにも炊飯器に任せるし、洗濯するときも洗濯機に任せる。信用できないからといって自分でやったらものすごく時間と手間がかかるんだとおっしゃいました。

そんな風に

神様は神様しかできないことをなさる

そうでなければ神様と言えないだろう?人間と同じだったら、神様でいられないだろう?と総会長牧師がおっしゃいました。

だから、神様にしかできないことを神様に任せてしまえばいいのだ。と。

シャベルを使って手で掘り進めていくより、ブルドーザーを使って大きな手で掘り進めるほうがはるかに早くできるだろう。神様の手を動かして人間にはできない大きな仕事をできるようにしたらいいんだ、とおっしゃいました。

どうせ生きるのなら、楽に生きたい。スマートに生きたい。大きなことをしたい。だったら、神様というバックグラウンドを得たほうがいいと総会長牧師がおっしゃいます。

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