悔い改めの実践とかけて部屋の掃除と説く。
罪と悔い改めの御言葉を伝えて、何を実践すればいいでしょうか?と言われるので、特に規定はないのですが、「部屋の掃除」を個人的に提案しています。
もちろん、今の時代のメシアとか、神様の働きや時、など深いことを知る必要が急ぎとしてありますが、結局、「自分のこと」を自分でちゃんとできないと、最終的にはどんな深い話も手に負えないと思うからです。
片づけられない人も発達障害等の関係で、意外にたくさんいらっしゃるので、何とも言えませんが、教会で有名な牧師さんたちは結構「きれい好き」が多いです。私も、教会でバイブルスタディを学んで一番変わったことが「きれい好きになった」というか、「整理したり片づける能力が格段に上がった」という感じがします。
日曜日に教会に行った後、天使がやってきて部屋の美しさ(清潔さ)を確認するけれど、その点数が信仰の点数と言われて、ぎょええ、と思い、土曜は必ず掃除するようになりました。 以来、急激に健康になり、精神的にもずいぶん変化したと感じ、それ以来個人的にお勧めしています。
今風にいうのなら、「断捨離」とでもいえばいいんでしょうか。人は24時間という縛りがあるし、人生も約3万日という縛りがありますから、できること、付き合える人間、いろんなことに限りがあります。だから、断捨離してすっきりさせたほうが物事はうまくいくように思います。まして、千人、万人を束ねる上に立つものになりたいというのなら、一見雑に見えても心の中は常に明瞭でないと難しいと思います。
きれい好きな神様
聖書の世界では「旧約聖書」の中に「清潔」が強調されていることが多いのです。
モーセの時代に定められた法に、捧げものに関する掟が数多く書かれているといわれる、「レビ記」に多く「洗う」という掟が出てきます。
ささげものをするとき、(さまざまな動物を裂いたり焼いたりしていましたから、肉に触れることが多かった)、手はもちろんのこと、衣服に至るまで、すべてきれいに清めていたということがわかります。
そのほかにも、重い皮膚病(現在のハンセン病)や生理などの女性の出血、男性の体液が漏れ出たとき、等をはじめ、とにかく「水ですすいで洗う」ということがたくさん出てきます。
これらは現代の予防医学にも通じる「清潔文化」と言っていいでしょう。
事実、ユダヤ人は洗う習慣が古くからあったため、ペストが大流行したときほとんど感染しませんでした。
霊の清めを強調した新約
しかし、新約の時代には、あまりにも肉に関することを強調していたため、イエス様が見えない心の世界、霊の世界を考えて!とおっしゃりたくて意味がないわけでは決してないのですが、(肉のことばかりだと)肉は何の訳にも立たない、とおっしゃったことが、見えない霊、心の世界に強調される結果となり、「罪」といった内面的な汚れを洗うといったことが強調され、手を洗うユダヤの習慣は継承されなかったようです。
洗いごとについての教と按手、死人の復活と永遠のさばき、などの基本の教をくりかえし学ぶことをやめようではないか。
ヘブル人への手紙/ 06章 02節
それらは、ただ食物と飲み物と種々の洗いごとに関する行事であって、改革の時まで課せられている肉の規定にすぎない。
ヘブル人への手紙/ 09章 10節
事実、日本のトイレがあれほどまでに世界を席巻するのも、水に流す清潔文化からきています。ベルサイユ宮殿も、窓から人糞を投げ捨てていましたから、日本のように、人糞をリサイクルしてエコで美しい世界と比べれば、衛生上いいとは決して言えなかったのです。
地獄の火は罪を焼くため
なぜ地獄は「火の海」なのか?総会長牧師に教わったことがあります。罪とは霊的な人間のゴミで、たまると腐敗していますから臭いのだそうです。それを火で焼いてきれいにしようとする働きなのだそうです。
ですから、そうなる前に、私たちは心と考え、行いの罪を水で洗うように清めていく必要があるのだとおっしゃいました。
内面も外側も清潔に
今、この時、旧約を越え、新約を越え、内面も外面も清潔に健康に生きる時代になりました。
総会長牧師が、時折、健康に関する話をされます。
私、何でもかんでもまとめちゃう正確なのですが、いろいろきいてみると「洗って清潔に」の一言に尽きると思います。
「歯磨き」「鼻うがい」から始まり、穴という穴をよく洗うと。
他、腸洗浄など、基本的に空気に触れているような部分をしっかり洗うといいといった話を、御言葉の時間というよりは、少し気楽な時間にしてくださることもあります。
環境清掃は心の清掃だ
総会長牧師の箴言と呼ばれるものの中で、この言葉が特に印象に残っています。
今、断捨離がとても流行っているそうです。
この時、環境の清掃、心の清掃、自分の様々な心をクリアにして、新しく素敵なものがたくさん生まれる期間となりますように、
また、一層身も心も清潔にしながら、これ以上多くの病気による苦しみが起こらないよう、助け合っていきたいものです。
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