灯油ストーブの上で作る鍋

ちえみThinking

ご無沙汰してました

冬が過ぎようとしている。
例年に比べて温かい日が続くそうで、
花冷えというようなことがあるのかな?どうなんだろう?と思う。

正直に言えば、春に向かう前にちょっとだけ寒くなる季節が好きだ。
緩んできたいろんな気持ちがきゅっと引き締まる感じがするし、
過ぎた冬を惜しんで別れを告げるような気がする。
過行く冬が、一声私に声をかけてくれるような感じがして好きなのだ。

私は、この季節の移ろいを詩のように織り交ぜて祈りの文章に加える傾向がある。
よそよそしいような感じがするかなと思うのだが、やや自分のスタイルになってしまっていて
時候の挨拶のように祈りを始めると、祈りに入っていきやすいという感じがするから。

一度ある友人に、「詩みたいな祈りですね」と褒めてもらったことがあって、
そういういい思い出が相まって
詩をつむぐように祈りを紡ぐような時間として、
信仰生活の中の楽しみの一つになっている。

石油ストーブ

今年は、会社で石油ストーブを新たに買った。
電気代高騰が背景にあって、石油ストーブがものすごく売れた冬だったと聞いた。
昔ながらに部屋を暖めながらストーブの上にやかんを乗せて湯を沸かしたり、
餅などを焼いて、一石二鳥の効果を狙う、のもあるし、
停電になったときも暖と灯りを取れるということもあるそうで・・。

枕草子では季節の中で火鉢の中でくすぶる日が灰がちになって風情がないといっていたが
ストーブの上でじっくりを火を入れていったお湯で作ったお茶はまろやかで冷めにくくて
美味しいんだなーと思った冬だった。

この冬に変えたこと

この冬、今までしてきた祈りの中で1つやめたことがある。

私は以前、白髪になりませんように、と激しく祈っていた時期があった。そして少し続けて祈っていた。
今も、同じ年齢の人よりは十分黒髪の域だと言われるので、祈りは聞かれているんだなと思ったが
昨年、白髪でもいいです!と祈り始めた。
すると、我慢していたかのように、いっきに白髪が増え始めた。

それを気のせい、と言えばそうなのだが、神様は無理とわかると心に感動を与えられるという説もある。そのあたりはよくわからないけど、本人が納得してるので特に問題はないでしょう(笑)

今は、年相応に、落ち着いて、霊肉豊かに恵みを人に与えられる人にならせてください、
と祈るようにしている。

冬のストーブで煮込んだ鍋のように、柔らかくて、とんがらない味だけど、しっかりと味はついている、というようなそんな味わいのある人間になれますように、と祈り始めた。

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