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エジプトに逃れてほどなくして、ヨセフとマリアはヘロデ大王が死んだことを知りました。
ヨセフとマリアは、住民登録の為に簡単な荷物しか持っていませんでしたから、外国に長くとどまっているわけにもいきません。
エジプトからガリラヤへと戻り、ヨセフは再び大工の仕事を始めました。
エルサレムで生まれた子は、かねてよりのお告げの通り「イエス」と名付けられました。
「イエス」とは、「神はわが救い」という意味です。
―貧しい暮らし
歳月があっという間に過ぎていきました。
イエスはいつしか少年になり、マリアとヨセフの間には、イエスの後に続いて弟妹が生まれてきて、にぎやかな家です。
イスラエルは、ヘロデ大王の跡を継いだヘロデ・アンティパスト王もイスラエルの民から多くの税をとっていましたし、ローマに虐げられることにはかわりがありませんでした。
ヨセフは必死に汗水たらして働きましたがヨセフ一家の生活は依然として貧しく、日々食べていくことにも窮する日々が長く続きました。
それでもマリアは祈りを忘れず、幼い時に覚えた聖書をそらんじては子供たちに聞かせました。
父ヨセフは「働かなくては一層貧しくなる」といって大工の仕事に加えて畑仕事やなにやと仕事をさせようとします。
母も幼い子の面倒があります。山に入っては薪を拾い重い荷を背負って一人寂しい山道を歩いていきます。
飢えの苦しみ
一体いつ私はこの飢えから自由になれるのだろう。
このうら寂しい田舎で一生を終えていくのか?
日に日に年老いていく両親をみながら一層深く考えました。
私に学(がく)でもあれば・・
学ぼうと思っても、会堂にある律法の書ぐらいしか読む本がありません。
夜皆が寝静まった後、一人会堂にいき、ろうそくの明かりでおいてある本を読んでから、会堂近くの洞穴で体を休める日々が続きました。
次第に、イエス少年は、律法をそらんじることをさせれば、際立ってくるようになりました。
あの何十巻もある律法のまきものをすべて覚えていきました。
聖地巡礼
イスラエルの風習では子供たちがある一定の年齢になると、聖地エルサレムへ巡礼する決まりになっていました。
貧しいヨセフとマリアも、この風習に従わざるをえませんでした。
そこで一家は、ガリラヤからエルサレムまでの巡礼の道を多くの人々とともに歩き始めました。
長い長い道のりです。3日も歩き続けてやっとのことでエルサレムの神殿につきました。
やっとのことで捧げものしてヨセフの一家は神殿を出発することになりました。
マリアは言いました。
「イエス、見てごらんなさい。多くの人が一緒でしょう?
エルサレムはあなたが見たこともないほどの多くの人の群れであふれかえっているわ。
私もあなたの父も幼い子の面倒で手一杯。だからあなた、私達にはぐれないようにしっかりついてきなさい。
私達からはぐれないようにしなくてはダメよ」
広い神殿とその周りではあちらこちらで大小様々な人の輪ができていました。
捧げものの鳩や羊を売る店、食べ物を売る店、そして聖書について語り合うような人達の群れもありました。
神殿に残って
イエス少年は大きな声で質問を投げかけている人のいる群れのそばを通りました。
誰もわからずに静まっているところでしたが、イエス少年が
勢いよく手を上げながら大声で「はい!」といいました。
「おお、少年よ!答えてみるがよい」
律法学者が言いました。
その集まりの輪の中に入っていき、質問の答えをすらすらと述べました。
律法学者もそこにいた大人の群れも驚きました。
「では、これは?」
次々とする質問に律法学者たちもびっくりするような答えが返ってくるではありませんか。
「これは驚いた!」
そうして、質問に答えていると、夜が更けてきましたから、その場で休みました。
こんなことが3日も続いていました。
イエス少年は噂になり、あちらへ、こちらへと律法学者の群れを渡り歩いていきました。
「小さな先生、どうぞ、我らにも教えてください」
ついにそういわれて1時間、2時間、深く神様の話が続いていきます。
イエスがいない!
そのころ、ヨセフとマリアは小さな湖のそばで一息つきました。
エルサレムから3日の道のりの中で、その途中に家がある人々が家に戻っていきました。
それで少しずつ人が減ってきて、ようやく家族を見渡せるようになったのです。
そこでイエス少年がいないことに初めて気が付いたのです。
1時間、2時間、待ってもいませんし、先を言った人達の群れに食べ物を打っている人々に聞いても少年が一人で通りすぎていったという話を聞くこともできませんでした。
マリアとヨセフは顔を見合わせました。
「大変だ!イエスがいない!」
慌ててエルサレムから来た道を引き返しました。
「イエス!イエス!どこにいるの?」
大声で叫びながら数時間いってもいません。
1日の道を過ぎてもまだいません。
そうして引き返して3日目、ついに神殿にまで戻ってきたのです。
どこかで道を間違えてしまったのか?
どこかで人さらいにでもあったのか?
マリアとヨセフは生きている心地がしませんでした。
人だかり
神殿にいくと、何重にもなっている人だかりがありました。
その中から聞き覚えのある声がします。
少し高いところに上ってその人だかりの中を見ると、なんとわが子イエスがそこで語っているではありませんか!
驚いたヨセフは抱えていた子をマリアにあずけて飛んでいきました。
そうしてやっとのことでその人の輪の最前列に入っていきました。
後ろからイエスの襟をつかんで引き寄せ、あっという間に輪の外へと連れ出しました。
マリアのところへと戻ったヨセフとイエス少年。
マリアもヨセフもホッとし他のもつかの間、
3日の心配と疲れがどっと出てきて、声を荒げました。
「あなた、一体何を考えてるの?
私達がどれほど心配したか!
はぐれないでついてきなさいといったじゃないの?」
イエス少年はきょとんとしていいました。
「お父様、お母さま、私はエルサレムで彼らと少しの間談義したら追いかけるといったではありませんか?」
父は言いました。
「お前、談義するにもほどがあるじゃないか!もう3日もたっているんだぞ!」
そういいながらも、マリアとヨセフは心の中で
「3日も律法学者と論じ合うことができるこの子はいったい、どんな子になるのだろう?」
と思いました。
忙しい毎日の中でイエス少年が生まれた時の経緯をすっかりと忘れていましたが、再び思い出し、
「お前は親の言うことは聞かずとも、ただ神の御心通りに生きなさい」というのが精いっぱいでした。
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